KAZUKO SAEKI

 

佐伯和子は1951年四国の街で生まれた。
美術愛好家の父に買い与えられた小さな美術全集を読むのが楽しみの子供であった。
幼いながら惹かれた作家はクレー、カンディンスキー、マチス。明るい色調が好きなところは今も変わっていない。
武蔵野美術大学で工芸デザインを学び卒業する頃には作家になろうと決めていた。
デザイナーになるより製作工程のすべてに関わる作家の方が性にあっていた。タピストリーを織って生活できることが夢であった。
30歳で初個展をひらき、これをきっかけにパブリックアートの依頼も徐々に増えた。
以後20年間タピストリーを造るうちに、織ることの必然性がないことに気が付きはじめる。さまざまな建築空間の中でのオーダーに応えるためには技法のこだわりを捨てなければならなかった。その場所に一番ふさわしい造形物が織物とは限らないからである。
 
 

1981 個展 ストライプハウス美術館 (東京 )
2016 個展 武蔵市立吉祥寺美術館(東京)

 

―糸の葉―
2016年「糸の葉」という名前の個展を吉祥寺美術館(東京)で開いた。
ナイロンチュールに糸や和紙、布などを置きミシンワークで留めていく手法である。
さまざま素材が重なり合ってレイヤー効果をもつ不思議な布ができ上がり、葉っぱのように見えた。重なった様子を固定するためにバネ線にとりつけ柳の枝のようになったパーツを壁から飛び出させた。この展覧会のために造った糸の葉の数は15000枚である。平面から立体へ広がっていく航路の出発点であった。

以後 カーブした軸を使い立体的な宙吊り作品を造り、吹き抜け空間に設置しはじめた。支持体を使うことで作品の可動域が拡大した。軽い素材で作られたこれらの作品は重圧感がなく大きな吹き抜けにふさわしい。 
 


2022 洛宙展 泉涌寺(京都)

―和紙―
手すき和紙は 日本でも存続が危ぶまれているが、造形材料として優れたものである。
「色と質感にこだわる作品を造る」をポリシーにしている佐伯和子にとって大切な素材となった。日本国内には途絶えようとするこの伝統産業をかろうじて続けている産地がまだいくつか残っている。
特性を見極めるために工場を訪れ製作者の意見を聞いてきた。パブリックアートの依頼は全国各地であったがなるべくその地域の紙を使い、地産地消を心掛けてきた。
和紙に顔料絵の具で彩色をし、木製のタイルに貼り込みそれを組み合わせたパネル作品は「和紙モザイク」と名付けられた。9mm厚のベニヤでピースを3サイズつくりエッヂを削り立体感を持たせた。壁面に合わせた大きさで組み合わせることができ、耐久性があり、近代的な建築空間に温かみをもたらす。


2020 岡田茂吉研究所美術館収蔵(滋賀)

―サーキュラーコットンペーパー
今取り組んでいる素材は、廃棄衣類をコットンパウダーにして楮やパルプと混ぜて作るサーキュラーコットンペーパーである。
アップサイクルの素材を使う社会的な意味のみでなく、糸と紙をミックスしたこの素材の風合い、加工のしやすさ、発色、どの点においても魅力的である。この紙を使って小さいのは60cm、大きいのは8メートルの高さの作品を現在制作中である。

―アイデアー
これからどのような素材を発見できるのか、それを使ってどんな作品が出来上がるのか この期待が創作活動に没頭させる大きな動機である。手を動かし、考え、妄想する。過去に試みた創作の記憶、現在一番興味あることがら、これらが渾然一体となって佐伯和子のオリジナリティが産み出されていく。アイデアは脳内に密かに沈殿し、ちょっとした刺激で飛び出す。
アイデアを逃さず確実に捕まえ、具体化するのが作家の仕事である。